骨喰丸が笑う日 第二回

骨喰丸が笑う日 第2回 森 雅裕

 北斎が没し、宗次と清麿のつきあいが始まったこの年、夏が終わりに近づく頃。 

「親父殿ぉぉー!」

 仕上げ場で刀を整形していると、庭先から宗一郎の声が聞こえた。

「栗原さんとおっしゃるお客が見えましたああ」

 横着して、怒鳴っているだけだ。来客らしいが、案内してくるでもない。

(くりはら……?)

 聞いたような名前だが、友人知人には心当たりがない。すると、

「ハイハイ、お邪魔しますよ」

 通れともいわないうちに、巨漢が勝手に押し入ってきた。面相はまるで鬼瓦だが、大津絵のような愛嬌がある。

「どなたかな」

「あ、私はね、清麿師の客分というか弟子というか、まあそんなようなもんです」

「ああ。アサヒの升酒屋に住み着いているとかいう……」

「そう、それ。栗原謙司です。工匠名は信秀といいます。今日はね、いいものをお持ちしましたよ」

 栗原信秀は薄汚れた木箱を前に置いた。

「質屋へ持ち込んだら大名の紋所が入ったものは預かれねぇなんてぬかしやがりましてな。ははは。これで少々お貸しください」

「え。私にいっているのか」

「はい」

 木箱には丸に三つ柏の文様が彫り込まれている。

「信州小諸・牧野家の家紋です」

 信秀は得意気にそういった。家紋には顔料が塗り込まれ、なかなかの出来である。ただ、箱そのものはどこにでもある安物だし、汚い。

「牧野家は清麿師の兄である真雄師が御用をつとめておりましてね。しかし、その家紋入りの品物がどうして私の手にあるのか、どうして借金の担保になろうとしているのか、それはお知りにならぬ方がね、宗次さんのためです。うん」

「そんな貴重なものを担保とは……」

 いや、貴重なものとは見えなかった。開けると、中には仕切りがあり、刃物や金鎚などの道具が詰め込まれている。

「おや。中身が入っている」

「そりゃそうです」

「武家は空っぽの挟箱や道具箱を質草にするらしいな。家名にかけても請け出しに来るから質屋も中を見ずに金を貸す」

「私は武家じゃないんでね。家名なんかどうでもいいです」

「これは彫刻の道具ですな」

 各種のタガネ、キサゲなども収納されている。そんな道具箱に大名の家紋が入っているのも妙な話だ。

「道具なんて仕事場に広げてあるもんだ。いちいち道具箱に仕舞うのかい」

「自分ちと清麿師のところと行ったり来たり、持ち運びもするんでね」

「道具を見れば職工の腕がわかるもんだ。……悪くない」

「金鎚の柄を削って、こんなに使い込んで磨り減ってますよと大嘘つく職工もおりますな。まあ、職人とはそうあるべしと信じている見識のない連中がだまされます」

「しかし、どうして俺が金なんか……」

「清麿師いわく、江戸広しといえども、金持ってる鍛冶屋は固山宗次くらいのものだと」

 この男は頭がおかしいのか、それとも無頼の徒なのか。

「あ。じゃあね、こうしましょう。あなたの刀に彫刻やります。神仏でも文字でもお望み通りに」

「そんなこといわれても、あんたの腕前を見たことないからね。あ……清麿の短刀に地蔵を彫ったのはあんたかね」

「ああ、あれね。まさか。私はもっと上手でさあ」

「そうかな。なかなかうまいと思ったが」

「あらら。そうですかあ。じゃね、本当にうまい彫りというものを御覧に入れましょう」

 信秀は近くにあったナタを取り上げた。もとは刀として作ったのだが、キズが出たので、切断して日常の刃物として使っているものである。であるから、刀と同様に鎬造りとなっている。信秀はそれを彫金用の台に固定すると、道具箱の中身を手元に広げ、下書きもせずに彫り始めた。物凄い勢いである。

 その迫力に圧倒され、また相手するのも面倒になり、宗次は信秀を放置して、自分の仕事に戻った。

 それから所用でしばらく近所へ出かけ、夕刻近くに戻って仕上げ場を覗くと、信秀の彫刻はナタの上に姿を現していた。半裸で踊る女である。顔や上半身は粗いながらもクッキリと彫り込まれて、下半身と衣裳はほとんど線彫りだけだが、それが妙に効果的な対比となっている。

「腕は悪くねぇが、下品なものを彫りやがったな」

「何をおっしゃる。天鈿女命ですぞ」

「あめのうずめ? 天の岩戸の前で踊ったという女神か」

「こんな彫りは本荘義胤にもない。新機軸でしょう」

「武士の魂である刀にこんなもの彫ったら、確かに新機軸だよなア」

 あきれていると、さらに厄難のような女の怒声が聞こえた。

「栗原来てるか、栗原!」

 アサヒである。案内も請わずにどたどたと廊下を歩いてきた。

「あ。やっぱりいた。貴様あ、私の道具箱を持ち出すとはどういう料簡だよ」

 散らかったタガネや金鎚を箱へ戻し始めた。

「あ。箱に家紋まで勝手に入れていやがる。あんた、くだらない工夫には熱心だね」

「下田から浦賀あたりにイギリス船が出没してるっていうから、見に行きてぇんだよ。何なら、お前も一緒に行くか。宗次さんから金借りて」

「借金してまで物見遊山に行くなんざ、人の道からはずれてるよ」

 そういえば、北斎も借金を踏み倒しながら各地を放浪したものだが、あれもまた外道というべきかも知れない。

 宗次はにぎやかなこの二人から顔をそらして、いった。

「イギリス船なら、二、三か月前に引き上げてるだろ。私も見たかったが、機会を逃してしまったよ」

「いやいや。もしかしたら近海を回って、次は長崎へ現れるかも知れない。となると、追いかけるには旅費が余分にかかるわけだ。金を貸すんじゃなく力を貸すんだと考えてくれまいか」

 がん、と箱の蓋でアサヒは信秀の頭を叩いた。

「どうせいい加減なんだから、この栗原信秀って男は」

 信秀は三十代半ば。アサヒより十五くらい年長だろう。なのに、この娘はまったく遠慮がなかった。 

「宗次さん。私の道具箱だ。返してもらうよ」

「おや。升酒屋の看板娘が彫刻の道具を持っているのか」

 宗次は抑揚のない声を発したが、少々驚いている。信秀が自慢するように、いった。

「アサヒは升酒屋をやりつつ、私に彫金の手ほどきを受けておりましてね。まあ、弟子というか何というか」

 アサヒは天鈿女命が彫られたナタを取り上げたが、ちらりと見やっただけで、作業台として使っている欅の切り株にガツンと斬りつけ、刃を食い込ませた。彫刻より切れ味に興味があるようだ。

「何が弟子だよ。家賃のかわりに教えてくれてるだけじゃないか」

 清麿の周囲にはこんな素っ頓狂な輩が多いのか。それはそれで清麿の人徳というものかも知れない。こういう連中の前では、宗次も常識人にならざるを得ない。

「わかったよ。彫金の腕はわかった。そのうち、頼むこともあるかも知れねぇ。金の話はその時だ」

 帰ってくれ、というかわりにそう告げた。晩夏の空気には、そろそろ夕暮れの色がつき始めている。宗次の弟子たちが仕事を終え、あたりをうろうろし始めた。

 信秀はアサヒに蹴り出されるように立ち去り、あとには奇妙な静寂が残った。

 

 清麿の周辺の奇人はこれだけではなかった。四年が経ち、嘉永六年(一八五三)六月。

 宗次が庭木の手入れをしていると、近づいてきた男があった。

「こちらは刀鍛冶の家ですか」

 二十代半ばの若者だ。異様に目つきが鋭く、痩せた青鬼のような面相だが、どこかしら愛嬌もある。武士の身なりである。

「そうだが」

「清麿先生はおいでか」

「清麿の家じゃねぇ。時々、間違えてやって来る奴がいるんだ。入門希望か」

「いえ。長州萩の知己です。四谷で刀鍛冶を探し歩けば、すぐわかると聞いてきたのですが」

「まあ、清麿より俺の方が有名ってことだな。俺は固山宗次という。お前さん、萩の人か」

「はい。吉田寅次郎と申します」

「これはこれは御丁寧に……」

 そういったきり、宗次は背を向けた。相手する気になれなかったのだが、しばらくして、

「急いでいるんですが」

 その声に振り返ると、若者はまだ突っ立っていた。

 知ったことか、とは思う宗次だが、清麿とその周辺の人物に対しては、もはや免疫のようなものができている。

「清麿は近所だ。誰かに案内させ……」

 周囲を見回すと、声が届くところに宗一郎がいた。庭木の根元に何やら捨てながら、こちらを見向きもせずに、いった。

「俺は狸穴の男谷(精一郎)道場へ行く予定がありますからね」

 寅次郎と名乗った若者は、柿の木の下にばらまかれた石とも金属ともつかない黒っぽいものを見やり、宗一郎に訊いた。

「何を捨てているんですか」

「鉄クソだ」

 鍛錬の過程で出る鉱滓である。

「鍛冶屋の家には柿の木はつきものでね。熟した実の色が焼入れの色と同じだとかいう。鉄クソから何やら吸収するのか、柿の実がうまくなるというんだがね、嘘だな」

「じゃ、何で根元へ捨てるんです?」

「鍛冶屋の庭に育った柿の木の宿命だな」

「ははあ……。深いですねえ」

 宗一郎は刀鍛冶の息子に生まれた自分と柿の木を重ね合わせているようだ。寅次郎はそれを知ってか知らずか、感じ入っていたが、宗次はかまわずに庭いじりを続けている。

「何をくだらねぇこと感心していやがる。おい、宗一郎。お前に暇がないなら、義次は?」

「おっかさんのお伴で芝居見物。次郎(宗有)と泰介(宗寛)は井戸の掃除。こないだ入門してきたのは文吉(宗明)でしたな。あれは厠の雨漏りを直してます」

「誰も刀の仕事やってないのかよ。……仕方ない。俺が案内するよ」

 宗次は烏帽子に素襖、指貫などというもったいつけた衣裳ではなく、小袖に股引という普通の作業着である。水鉢に溜まった水で手を洗い、さっさと歩き出したので、寅次郎はきびしい顔つきに似合わぬギクシャクした動きで追ってきた。

「皆さん、お忙しそうですね」

「なあに。暇があっても、清麿のところへ行くのは気乗りしないのさ」

「それはまたどうして?」

「面倒な奴だからだよ、清麿は」

 この頃の清麿一門は、栗原信秀が鍛冶修業に本腰を入れ、庄内から出府してきた斎藤一郎(清人)も入門している。ボンヤリ者だった清矢もものの役に立つようになっており、宗次一門からの助っ人も不要になっているが、腐れ縁のような親交は続いている。

 清麿の屋敷へ着くと、まず鍛錬所を覗き、弟子の姿しかなかったので、それから母屋へ回った。勝手知ったる造作である。弟子たちも宗次を客として取り次ごうとはしない。

 座敷へ上がり込むと、清麿と向き合う先客があった。商家らしい身なりの老人である。

 清麿は宗次を見るなり、 

「おお。固山の。いいところへ来た。この客を旭屋へ連れていってくれ」

 と、仏頂面でいった。

「俺んちを訪ねるのに手ぶらで来やがった。酒買って出直してこいと追い払うところだ」

「おい。俺に使い走りさせるのか。こう見えて、結構偉い先生だぞ」

「アサヒが梅干しを漬けてる。もらいに行くついでだと考えりゃいいでしょうが」

 この四年で、宗次も旭屋の常連になっている。夏にアサヒが梅を漬けることも知っていた。 

「あ。私も手ぶらです。土産持たずに来ました」

 と、宗次の傍らで、寅次郎が肩身を狭めた。心底、恐縮している。清麿は表情を変えずに彼をじっと見つめた。

「うん? おい、若者。誰だ?」

「お忘れなのも無理はありません。萩でお目にかかった時はまだ十三、四の小僧でしたからね」

「あ。その十代前半にして藩主の御前講義を行い、驚嘆せしめたという……吉田大次郎か!」

「大次郎あらため松次郎、松次郎あらため、今は寅次郎です。御無沙汰でした」

「めまぐるしいな。お前の生き方そのものだ」

 無愛想な清麿が珍しく柔和な表情を見せている。宗次はあらためて、目の前の若者を品定めした。

「へえ。御前講義か……。殿様も期待する俊才というわけか」

「噂には尾ヒレがつくものですよ」

 寅次郎は一笑に付した。照れ臭そうに白い歯を見せる。才気渙発という迫力はないのだが、彼の周囲だけ、確かに温度が違う。

「そうそう。十四かそこらで長州軍を率いて西洋艦隊撃滅演習を行ったなんて噂さえあったもんなあ」

 と、清麿。

「あの。萩からお出でですか」

 清麿の前の老いた客が、顔を突き出すように寅次郎へ向き直った。

「これこそ天の配剤。あのですね、清麿さんが萩に連れていった弟子を御存知ですか」

「は? え?」

「その、あなたが十三、四だったという頃、天保十三年から二年間、清麿さんは江戸を出奔して、萩で刀を打っているわけです。弟子がいなきゃ刀は作れませんよね」

「はて……。お弟子さんのことは覚えておりません。萩にも鍛冶屋はおりますから、現地で調達されたのでは?」

 寅次郎は突き放すように首をかしげ、清麿はそっぽを向いている。老人は宗次と寅次郎に向かい、早口に言葉を続けた。

「私は橋本町(東神田)の油屋で波形屋庄之助といいます。私の弟の息子がその頃、入門しているんです。しかし、今どこでどうしているのか、清麿さんは教えてくれません」

 清麿はその言葉を払いのけるように手を振った。

「事情を聞きたければ、土産を持ってきなさい、土産を」

「わかりましたよ。待ってなさいっ! 旭屋ですねっ」

 油屋とやらは憤然と席を蹴った。寅次郎もそれに続き、

「私も行きますよ。土産を買いに」

 さあ、と宗次を促すものだから、

「やはり俺が案内するのかよ」

 仕方なく彼等の前を歩くことになった。外に出ると、宗次は唇の端に笑いを浮かべ、寅次郎にいった。

「いわねぇことじゃねぇだろ」

「面倒な奴……ですか」

「清麿のまわりはいつも誰かが怒り、誰かが泣いてる」

「私もその仲間入りしそうですね」

 この男、しみじみと神妙である。

 秋葉稲荷の前へ差しかかったあたりで、

「おおい」

 清麿が追いかけてきた。二つの通い徳利を抱えている。

「旭屋へ行くなら持ってけ。これに酒を入れてもらえ」

 寅次郎と波形屋とかいう油屋に一つずつ押しつけた。

「そういや、寅次郎さん。何用でうちへいらしたのかな?」

「諸国遊歴中ですが、黒船を見にいくので、お誘いに」

 ペリーの艦隊が六月三日に浦賀へ出現し、四隻中の二隻は日本人の目には異様な蒸気外輪船であったため、見物人が殺到している。

「おお。浦賀奉行は腹を切る切らないの騒ぎになっているそうだな」

「浦賀の住民には避難を始めるそそっかしい者もいるとか」

 日本側の砲台が異国船来航の合図の砲声を轟かせ、黒船も時砲を放ったりしたので、緊迫もしたが、空砲とわかると、野次馬はむしろこれを面白がった。

「そりゃあ是非とも行きたいが……」

 清麿は無念そうに歯噛みした。この男が尊王攘夷論者であることは宗次も知っている。長州とつながっているなら有り得ることだが、刀鍛冶が政治にかぶれて、頭デッカチになってどうするのか。宗次はむしろ不快感を抱いた。

「女房が今にも産気づきそうなんでな。留守にできねぇんだよ」

 清麿は郷里の小諸にも妻があったらしいが、一年ほど前から同居しているのは、柳橋の芸妓だったキラという女である。喜楽とでも書くのだろう。深川の辰巳芸者の気風を引き継ぎ、勝気で派手な女だった。貧乏なはずの清麿だが、不思議にも遊興費をひねり出す才覚には長けており、四、五年前から馴染みだったようだ。

「寅次郎さんよ。ガキのくせに今は吉田松陰とか年寄り臭い号を名乗ってるそうじゃないか。もっと自分の若さに敬意を払え」

 清麿はわかったようなわからぬようなことをいい、背を向けると、早足で去った。

 寅次郎は鋭い面相に似合わず、泣きそうな表情だ。清麿の言葉に感動したらしい。

「清麿さんもいよいよ子持ちですか。楽しみですね」

「どうかね。才人の子は凡庸以下と決まってるもんだぜ」

 苦々しく、宗次は吐き捨てた。別に清麿を悪くいう気はない。自分と自分の息子たちのことをいっているのだ。歴史を見れば、偉人才人の子は異常者、犯罪者、遊蕩児ばかりである。一つの大きな花を咲かせるために他の花は咲かないのだ。北斎の画才を受け継いだ娘の栄などは例外といえる。とはいえ、刀鍛冶のような職人の世界では二代三代と才能人が続くことがある。それが一縷の希望ではあるが。

 宗次は、憮然とした表情でついてくる老人を振り返った。

「ところで……油屋さんでしたな。弟さんの息子とやらをどうして今頃お探しに?」

「弟の本名は吉之助。世間の通り名は南沢等明あるいは堤等明と申します」

「はて。聞いたような……」

「絵師です。その昔は北斎先生の娘さんと夫婦でした」

「ああ。お栄さんより絵が下手くそで、笑われて離縁したとかいう等明さんですか」

「随分ないわれようですが、その等明です。十年ほど前に死んでおります。家を飛び出して、絵師なんぞなったもんで、勘当されましてな。しかし、親もすでに他界し、跡継ぎの私には一子があったのですが、昨年、これも急病で死んでしまいました。その子供、つまり私の孫は幼い女の子のみ。つまり、わが波形屋には後継者がいないのです。等明とお栄さんの間に生まれた子しか……。お栄さんは行方知れず、私はあちこち聞き回って、清麿さんの弟子となったことを知ったわけです」

「つまり、その子を油屋の跡継ぎにしたいとお考えですか」

「清麿さんの弟子で独立した刀鍛冶は少数で、身元もわかっております。等明の息子ではありません。ならば、すでに廃業したか、今も弟子修業中なのか、そうなりますよね」

「どうせ一人前の刀鍛冶じゃないなら商売替えさせてもかまわない、ということですか。いささか勝手な話ですな」

「刀鍛冶なんかより油屋の方が世のため人のためになります。黒船が押し寄せてくる時代に刀なんか役に立ちません。せいぜい夷狄の土産になるくらいのもの。そもそも、あの清麿さんを見ても、刀鍛冶なんぞろくな人間じゃない」

「そうかね」

「ところで、お宅様の御商売は何です?」

 へへへ、と遠慮がちに笑いを発したのは吉田寅次郎だ。宗次は答えない。波形屋庄之助は笑われた理由がわからず、

「絵師ですかな」

 胡散臭そうに、いった。その言葉には、どこかしら侮蔑が混じった。