71. 偽物について(その二十三) タガネ枕の状態
今回は、刀工の使うタガネで銘字を刻った時に発生する所作についてお話をする事に致しましょう。因みに今回述べます事は本欄で3年半前にも図示をしていますので、併せて読んで下さればと存じます。
では、今回は今迄とは違って(56)-①図を先にみて頂きたいのであります。その後に(56)図をみて下されば、一応よく理解して頂けるかと思います。
(56)-①図をまず見て下さい。「平信秀」の銘字の周囲に黒く塗りつぶした個所が多く描写されていますが、これは銘字を中心にタガネで刻った折に出来る”タガネ枕”と称するもので、小さな山の様に盛り上がります。それを故意に削り取ったがために出来た平面であります。この黒く塗りつぶした個所に一致する部位を、(56)図の写真で確認して下さい。一番わかり易い個所は「秀」の最終画あたりで、左斜目下に向かう線と、左斜目上に跳ね上げる所(2個の矢印で示す)(56)-①図です。ここを見て下されば、銘字と同じ位の太さ(広さ)の所が平面になっていて、そこにヤスリ目(筋)がみられます。そのヤスリ目は中心のヤスリ目と大体同じ角度でありますが、細かいヤスリ目です。正常な銘字と中心では、こんな事は絶対におこらない異常なものです。
さらに、「平信秀」の銘字の周囲を(56)図で探して頂けば、(56)-①図の状態をよくわかって頂けると思います。
刀工が銘字を刻る時に使うタガネは銘字部分を削り取る事なく、切り別けていくので、金工の使うタガネ(彫刻刀の様に削り取る)とは全く違っていますので、刀工銘にはタガネ枕が必然的に大なり小なり発生します。これは(56)-②図に示しました断面図で理解して頂けると存じます。
新々刀、現代刀、つまり若い刀の銘を石華墨でとった押型で、銘字の周囲が白くなって石華墨があたっていない所が多くみられるのがありますが、この原因はタガネ枕が高く立ちすぎるからであり、古刀などの年数がたった銘字は、そのタガネ枕の先端が手擦や錆によって崩れて鈍角化し、自然になくなってきつつある(ないのではない)ので、銘字の周囲までちゃんと石華墨があたって黒色になり、白くはなりにくいのであります。
つまり、タガネ枕が際立っているのは刻銘が新しいという事をあらわしています。鎌倉時代の銘字でタガネ枕が過度に見られる銘字には十二分に注意が必要で、殆んど考えられない状態と判断して良いでしょう。つまり、古刀の銘字の力強さは、適度なタガネ枕による所作とヤスリ目とが調和した結果です。
では(56)-③図を見て下さい。(56)-②図にあったタガネ枕が殆んど無くなってしまっていまして、そこが平面になっています。これが(56)・(56)-①図の断面図であります。こうした(56)-③図の状態は自然の経年変化では絶対に発生しません。つまり、故意にタガネ枕をヤスリで削り取ったのであります。こうした所作(現象)は、この信秀が×であるという事に直結します。この信秀が○なら既に150年は経っている事になりますから、自然なタガネ枕の減りになる筈であります。
さらに、既述の様に清麿一門はアタリタガネ、ヌキタガネを殆んど強く打たないのでありますから、故意にタガネ枕を削り取らなければならない程のタガネ枕は無いという事ではなく、それ相応のタガネ枕はありますが、(56)図の様には絶対になりません。併し、極めて保存状態の良い中心には特にタガネ枕が残り易いものですが、同時に中心に錆もつきにくいし、ヤスリも鮮明に残されます。この点は是非とも感覚として憶えて頂ければと存じます。
又、このタガネ枕が適度に(相応に)無ければ(残っていなければ)、銘字を見た時、殊に押型にあらわれた時に力強さが乏しく感じられ、全体にシャープさが感じられなくなりますので、その時は”銘字に力がない”とか”銘字が死んでいる”という様な表現をする事があります(56)-④図。勿論、銘字そのものが×であれば論外ですが、、、。
以上の事をふまえて考えれば、この(56)図は余りにもタガネ枕が立ちすぎ(出すぎ)たので、それをカムフラージュするべく偽装工作を施した筈です。中心全体をみましても、銘字の新しさのわりに不釣合いな朽込みや、不可解な錆込(朽込)があり、中心全体が改変改造されている事が明白で、目釘孔の位置にも?を感ぜずにはいられません。
(平成二十七年九月 文責 中原 信夫)