38. 刀剣・日本刀中心の鑑別法 再刃編(その二 来国行について)

今回も前回使用した同一材料で話を進めていきたい。

では前回の(A)図を今一度御覧頂いた上で、(1)図を見て頂きたい。太刀銘として切られた「国」の一字の拡大図である。この太刀の鞘書に曰く”銘字ノ特徴ヲ示ス国ノ一字残存”とあるが、これについて少し説明すると、拡大図の銘字で国構(くにがまえ)の内部の右斜目下にむかう直線の一画を指すもので、来国行の国の字の特徴とされる。

つまり、鞘書者はこれを強調して来国行の銘と断じているのである。銘字の一画で来国行と断定した鞘書者はよほどの鑑識力をお持ちのようである。ひょっとすると来国行が銘を切った時に傍におられたのか。

 

さて冗談は別にして、私が皆さんに見て頂きたいのは右斜目の線の左側にある。短目の縦棒である。写真のせいかもしれないが、鏨枕(たがねまくら)がかなりある様である。国構や右斜目のそれらよりもはるかに鮮明に出ているが、この銘字の線(銘字の画)の周りには全く鑢目が見られないのである。少なくとも鏨枕が残るぐらいの状態なのであるから、鑢目は必ず残っている。否、残っていなければならない。

前回、日本刀が火に罹(かか)ればどの様になるかは説明した。今一度詳しく説明しておきたいので(2)図を見て頂きたい。中心の断面図であるが、V字型に深く凹んだのは銘字の断面。その両端には鏨枕といって、中心の表面よりも少し盛り上がったバリ状の様なものが銘字の周囲に必ず出来る。(金工の銘にはこの鏨枕は殆ど出現しない。つまり、金工の銘字は彫刻刀で彫ったのと同じ様な所作となる鏨を使い、銘字そのもの自体を削りとる。従って、中心の表面を押し拡げて切り別ける刀工の鏨とは全く違う。)

この鏨枕は時間を経るに従って、順次なだらかになっていく。それは中心を握った時の手擦れなどによる僅かな摩滅である。併し、火に罹ればこの鏨枕も急激になくなっていくのである。そして銘字の周囲には鑢目が施されている。(2)図の浅いV字型は鑢目の断面図を示している。鑢目と銘字では断然、銘字の方が深く中心に刻まれている。

では、この中心が火に罹り表面が剥がされていくと、まず第一に鑢目が不明瞭になり、ついには無くなってしまうと同時に、鏨枕も同様に僅かづつ段々と熔けて崩れて無くなり低くなっていく。火に罹った際の中心の異常は第一番に錆色、そして鑢目の喪失となり、次に銘字の力不足となる。

併し、この(1)図の鏨による銘字の縦棒は鮮明すぎる。鑢目も全く見られない。これは何を意味するか。この”銘字ノ特徴ヲ示ス国ノ一字”は追いかけ銘の可能性が大である。この事は前回も少し触れた筈。しかも、かくも都合よく一字のみが残されて、あとの”行”が例えあったにしても都合よく消えるでしょうか。”行”の銘字が消えたのなら、それはとりも直さず私の主張の通りこの中心が相当の火に罹ったという事を逆に証明している事になる。

昔から”銘字に力がない”という事をよく先輩から聞くのも、この鏨枕が無くなる事を指すのであります。勿論、鏨枕が立ちすぎるのもいけませんが、不思議なもので、鏨枕が適当に立っていると、銘字が生き生きとして力強く見えるのです。また、銘字の字画の中や周囲に鑢目が平均に綺麗に施されている(当り前の状態ですが)のは、まさに「いい銘」「いい中心」という事になります。

つまり、(A)図の中心は「不良な中心」の典型であります。この中心(A)図を今一度見直して下さい。凹凹だらけの状態は古いという誤った概念、これを捨てて下さい。
こうした状態は異常な状態です。まさか凹凹の中心は槌目仕立であるなどとは絶対に考えないで下さい。こんな槌目はこの世にありません。刀工は金鎚で火造をしても表面は真平に仕上げるのです。これが鍛冶技術の基本中の基本であります。凸凹や凹凹状の仕立てを見て、槌目といった人はその事を全く知らない厄介な人達です。

今一度整理しておくと、火に罹った中心は全体的に凹凹状態となる。但し、凹状の深さの程度は火力と罹火時間等によって差が生じる。大事なのは自然な朽込(拵、白鞘等の柄の中)は確かに凹状になる所があるが、鑢目と銘字に力強さがちゃんと残された所が必ずある事である。この点をはっきりと区別、認識して下さい。

かつて、この鞘書者が何故か古美術雑誌に刀に関する文を連載寄稿した際、再刃を取り上げ、写真で再刃の中心の典型例と、再刃されていない中心の典型例を掲載した。併し、鞘書者が再刃されていない中心とした一例は、私も実見した太刀ではあるが、典型的な再刃の特徴を示す地刃でもあり、中心であった。まして鞘書者が再刃の一例とした中心は、もはや言うべくもなくこの上なく再刃そのもの、典型すぎる程の典型的な一例であった事を付記しておく。

(平成二十四年五月 文責 中原 信夫)