12. 刀剣の磨上〔すりあげ〕について
刀剣は所持者によって時代や剣術の流派や身長、そして好みにより刃長が変えられる。併し、現状の刃長より短くはできても長くは出来ない。つまり短くするためとはいえども切先から下へ切除することは出来ないから、 中心 〔 なかご 〕 の方から短くしていく以外にない。これを磨上という。
但し、一番大事な事は、磨上そのものは必要に迫られてのものであり、その刀剣のほぼ完全な原型に対し無理な工作を施すものである事を認識しておく必要があ る。従来の刀剣書から抱く磨上のイメージとしては、単にその刀剣の刃長を短くすれば良いのであって・・・と考える方が多いが、磨上は刃長(長さ)の事より も、刀の 厚 〔 あつみ 〕 ( 重 〔 かさね 〕 )とのむつかしい戦いとなる。
さて、長い寸法を磨上にすればする程、新規の中心は元来の刀身の部位になってくる。これは何を意味するかといえば刀身は上(切先に向かって)に行くほどに重は 薄 〔 うす 〕 くなるから、新規の中心を 形作る 〔 かたちづくる 〕 時には、この重の逆転現象を工作しなければ中心として 拵 〔 こしらえ 〕 の 柄 〔 つか 〕 に収まらない。何故なら、中心は 研溜 〔 とぎだまり 〕 から 中心尻 〔 なかごじり 〕 に向かって重は薄くなるからである。これを簡単に示したのが、【A】図(別図参照)で ある。【A】図をみると刀の両面を削らずに必ず片面、殊に在銘ならば銘のない片面を削って重を調整していく。磨上た中心の重のセンターが削らない方へ僅か に振れるが、これはすぐに戻せるから余り障害とはならない。では、表裏に銘がある場合には難作業になるが結論的には全部の銘を極力残すようなるべく片面、 やむをえなければ両面を少しずつギリギリの所で調整する。従って肉置、鎬筋はかなり変化するし、最悪の時は作者銘以外を犠牲にしなければならない事もあ る。
要は元来の中心の状態(銘は勿論のこと、 錆 〔 さび 〕 、 肉置 〔 にくおき 〕 、 元の目釘孔 〔 もとのめくぎあな 〕 )を極力残すことが大前提である。従って、古い太刀のように中心の 反 〔 そり 〕 が深いものは、その反を伏せたり加減をして、極力元来の中心を少しでも残すようにしていくのが絶対の大原則である。
次に刀に 棒樋 〔 ぼうひ 〕 が施されているケースが往々にしてあるが、これを磨上た時のケースを述べておく。
世上に多く見られるが、大磨上中心と表示説明され乍ら、中心の 樋 〔 ひ 〕 が表裏ともに長さや樋幅、深さ、 樋先 〔 ひさき 〕 の形状が同じものが圧倒的に多いが、これ等はまずその刀剣が本当に磨り上がっているのかどうか疑ってよい。元来より樋のある刀を磨上げれば【B】図(別図参照)のように樋先の位置・形、幅、深さは相違する。そして【B】図の指裏の中心は全体の重の調整のために全面に 鑢 〔 やすり 〕 が施されて削られているので、 指裏 〔 さしうら 〕 の中心の鎬幅と鎬の高さは指表のそれらとは違ってくる。つまりそのために【B】図(B)~(C)の間の樋が消滅してしまったのである。又、指表中心の 【B】図(B)あたりから(D)間は磨上に邪魔な元来の中心の研溜の余分な重をなくすために微調整されたのが【B】図(B)~(D)間の樋の左側の線のフ クラミ(右の方へ)から見てとれる。【B】図(A)から下の中心尻までは元来の中心をそのまま残している事は明白である。
さて、世上によく 大磨上 〔 おおすりあげ 〕 として通用している(通用させている)中心をみると、中心の形そのものが整っている。併し前述の事をよく理解していくなら、無理をして磨上をするのであるから中心は必ず不恰好なものでズドーンとした形になるのである。鑢も表裏全く同じ角度であり、樋の形も全て同じ形や長さであるというような事は果たして有り得ることであろうか(但し、磨上後に樋を施したのは別)。中心尻にしても必ず 切 〔 きり 〕 か浅い 栗尻 〔 くりじり 〕 風となるのであり、そこに元の 生 〔 うぶ 〕 の目釘孔が僅かに残されているケースも多い。又、古い中心の錆・形状・肉置を手間をかけて壊してしまう 剣形 〔 けんぎょう 〕 尻にはしない。加えて中心の鎬の高さと鎬巾も【B】図のように表裏が相違して当たり前である。
さて、磨上をするのに一番邪魔なものが元来の刃文であるが、この刃文の処理とそれが及ぼす結果が拙著の《磨上中心の好例》の項にあるのでよく読んで頂きたいし、《大磨上、但し中心中心》の項も同様である。
因みに磨上とは元来の銘がどこかに残されている事(但し 額銘 〔 がくめい 〕 は別)が大前提で、大磨上とは銘がない程に大きく磨上られたものをいうと昔から定義されていはいるが・・・。これについては《無名の刀について》の項をお読みくださればと思います。
(文責 中原 信夫)